10年前だったか宮古島にドルメンと言う巨石文化の時代の墓が有るかから見てほしいと役所の人に言われて見に行った。
そこで初めてドルメンと対面したおかげでドルメンとは何かを知った、この対面 がなかったら知らずにいたはずが、何ゆえに私が宮古島のドルメンをみなくてはいけなかった、今回の「逢神坂峠」のドルメン発見につながっている、この宮古島のドルメンを見たことで10年たたら熊野古道でのドルメンを見つける事はなかったかも、でも熊野古道とは関係のない事かもしれない。
手当りしだいドルメンとはと言う質問に誰一人千年以上前の高貴な人の墓もしくは儀式をした聖地だと答えた人は居ない、宮古島の話に戻るが、おっぱい山の左の山の麓に所在した2メートルぐらいのほこらであった、北を背に南に低くそしてドルメンと言う巨石墓は南を向いていた、伊勢神宮は方位 を重視した建築の建て方になっている。
宮古島のドルメンの前で神降ろしをして古代に儀式を行ったか、結果は何も儀式を行っていないとでた経緯がある。
ドルメンと言う言葉と形式を見た記憶があった、
熊野古道逢神峠「伊勢の神と熊野の神とがこの場所で逢っていた」という伝説が有ると書いてあるが何故にこの山深い山中で伊勢の神と熊野の神出会っただけで伝説して今に伝えているのか、陽の神と陰の神がこの場所で何ゆえの儀式を行っていたのか。「明日香の石舞台も古代墓で一例あるが」ただ逢っただけで伝説として残るのはおかしいと見た、ドルメンとは千年以上前の事であって、熊野古道はまだ存在していない時代のことなのだ。
逢神峠に平静18年12月14日私と妻の宏美、石に付いて少しばかり経験の持ち主の二木島の北野氏と3人で登った。
熊野古道「逢神峠」新鹿の方から登った、30分登った所に左脇に幅3メートル高さ3メートル前面 は丸く後ろは割れた状態、上は45度の傾斜になっている、左右は傾き無し、中央下に石の詰め石が役4個ほどある
太陽の光をこの石に受けて儀式を行ったのは明らかだ。
向かって左北は高く南に低い、ドルメンは南を向いて有った。
幅4メートル弱、天井石は約0センチ、両サイドに石が縦にある、中央に四角い石が有る、ドルメンから東南方向に巨石の守り神が顔を東向きにある、この石はやはり3メートルぐらいの巨石東西に置いてあり向かって右、東に向かって顔が彫ってある、この場所一帯気の宝庫、神降ろしの結果 、儀式を行っていた、ピラミッドの斜め前にスフィンクスが守り神であるのと同じでドルメンの東南に守り神があるのは当然の事である。

2006.12.14 榊原匡章

高さ2メートル


太陽が本体奥まで陽が入る。

儀式に使った45度の巨石
南を向いている太陽を受けて正面にうつす。