飛鳥の石舞台
(奈良)
2001.5.5撮影
午前8時から30分だけ出現する。
晴れた日のみ。


1997年5月5日、奈良の石舞台に朝早く着いた。 腕時計の針は7時を過ぎていた。伊勢から車で2時間。
朝が早いので意外と早く石舞台に着いた。 いつもアサヒカメラの組写真の部に応募しているが入選にはほど遠かった。
今回も組写真作るために石舞台に来て朝の光線を取り入れて撮影していた、元々土をかぶっていたのを取り除いたのか定かでないが、
よくもまぁこんなでかい石を組んだものだと関心した。
この時の写真は何とかアサヒカメラの組写真の部で入選した、「大きな道祖神」と言う題だった。
地下に入る所から撮影したのが不思議と帽子をかぶって、顔は丸い、目は少し上がり目、口はへの字になっていた。
人間の目では感じなかったが写真ではわずかな凹凸も影として写り込んだ。
両側から何十トンもある大きな石に囲われ、天井も大きな石が乗っている、周りに溝が掘ってある、地面 には石がところどころはめ込んである。
全部土ではない。 中から外を見る。だんだんとあたりが明るくなってきた、中から外に向かって一枚シャッターを押した。
これ一枚で後写してもフィルムの無駄か、いやもう一枚一番奥から写しておくかと奥に歩いていった。奥に行くほどヒンヤリした。
石が一晩冷やされてまだ朝が早いので冷たいままだ。昼になれば少しは暖かくなるんだろうと思いながらカメラをかまえた。
レンジファインダーから見てどのように切り取るかカメラのファインダーに目をくっつけて見渡した。
なに?ファインダーの中に、右横の石壁にうっすらと巨大魚の影絵を見た。
一枚の大きな石壁に鮫に見える影絵がじりじりと下に動いているではないか。すかさず何枚も撮り続けた。
なんなんだと思いながらもシャッターを押しフィルムレバーをせわしなく巻いた。 30分のドラマだった。100枚写していた。
最後は見事に溝に入って消えていった。天井を見た。わずかな隙間から太陽が斜めに入っていた。
5月5日は子供の日でこいのぼりが全国で大空に向かって風を吸い込んで泳いでいる時である。
その子供の日に一枚の巨大岩にずれることなく巨大魚が現れて地下に消えていく様は何とも言えなかった。
少しの間ただぼーぜんとしていた。ひらめいた
「水のない水族館」だ。
どうして石舞台の案内の人は言ってくれないのか不思議だったし、パンフレットには載っていない。
知らないはずないだろうと思ったが、尋ねたらやはり知らなかった。
私の目はわずかな光の凹凸がわかるみたいなのです。伊勢神宮でも顔が出現する石があるのを見ている。
飛鳥は水の都と言って発掘しているのをテレビで見て思い出したしだいです。
巨大魚の影絵の事をすっかり忘れていた、その写真がこれです。

          撮影/文 榊原匡章